「使徒言行録から････ステファノの殉教」
                                                                ２００５年２月１３日
    
「『かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らって
います。あなたがたの先祖が逆らったように、あなたがたもそうしているのです。いったい、
あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が
来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺
す者となった。天使たちを通して律法を受けた者なのに、それを守りませんでした。』人々は
これを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。ステファノは聖霊に満たされ、
天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、『天が開いて、人の子が神
の右に立っておられるのが見える』と言った。人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステ
ファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自
分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。 人々が石を投げつけている間、 ステ
ファノは主に呼びかけて、『主イエスよ、わたしの霊をお受けください』と言った。それから、
ひざまずいて、『主よ、この罪を彼らに負わせないでください』と大声で叫んだ。ステファノ
はこう言って、眠りについた。（使徒言行録7:51-60）」

  月一回、使徒言行録から１章ずつ学んでいますが、今月は第７章です。記録に残っているか

ぎりでは、キリスト教最初の殉教者ステファノの物語で、前回読み残した６章の後半から７章

の最後までの長い話です。

  前回学んだ６章前半に、ステファノは信徒たちの中から選ばれた７人の奉仕者の一人で、使

徒にも劣らないほど恵みと力とに満ちて民衆の中で、めざましい奇跡としるしとを行っていた

(6:8）と書かれています。この７人が選任された理由はギリシャ語を話すユダヤ人の寡婦にも

平等に食べ物を分配するためでした。そして使徒たちは、すべての弟子の中から７人を選んだ

とあります。すべての人が平等に扱われるよう全員の中から選ばれたのに、なぜかこの７人の

すべてがギリシャ系の名前を持っている、つまり、たぶん、全員がギリシャ語を話すユダヤ人

の中から選ばれている、さらにそのうちの一人は、ひょっとするとユダヤ人でさえない、アン

ティオキアのニコラオという人は出身地から見てユダヤ教に改宗していた異邦人だろうと言わ

れています。なぜそのような今度は逆の方に偏った選任が行われたのか不明ですが、ステファ

ノが、そして別な日に学びますが、もう一人フィリポが、ヘブライ語を話すユダヤ人でなかっ

た、さらに、単にギリシャ語を話すだけでなく、イエスの宗教が、神殿礼拝と律法遵守を生命

とするユダヤ教とは違ったものであることを理解していた、ギリシャ語圏出身だということが

それに役だったと思われます。このことは、非常に大きな意味がある、恐らく、ギリシャ語系

のステファノやフィリポがいなかったら今日のキリスト教は存在しなかっただろうと思われる

からです。

  では、どうなっていたかというと、想像でしかありませんが、多分、使徒たちの集団はユダ

ヤ教の一分派として、しばらくはエルサレムの神殿礼拝をしながら存在して、そのうち、消滅

してしまったでしょう。エッセネ派とか熱心党とか、バプテスマのヨハネを信奉する集団とか

と同じ命運を辿ったであろうと思われます。しかし、ステファノはそのような人々とは違って

いました。狭いユダヤのナショナリズムに囚われてはいませんでした。ただギリシャ語を話せ

るというだけではなかったのです。それだけなら、同じようにギリシャ語を話していたと思わ

れる、言行録 6:9の「解放された奴隷の会堂」に属する人々（対ローマ戦争で捕虜となり、そ

の後解放されたユダヤ人とその子孫）のとった態度は理解出来ません。彼らはむしろステファ

ノに対して激しく敵意を抱き、人々を煽動して彼を捕らえさせ、議会にひっぱって行きました。

その訴えは「神殿とモーセを冒涜した」というもので、それはナザレ人イエスが言い出したこ

とだというのです。「神殿と、モーセ、つまり律法を冒涜した」という訴えは実は非常に的を

射たもので、使徒たちがまだ克服できないでいたユダヤ教の中心部分である神殿礼拝と律法主

義を批判し、後のパウロの先駆けとなった点をはっきり指摘したものでした。その意味で、ス

テファノは最初の殉教者であるだけでなく、イエス・キリストの真の意義を理解して、ユダヤ

教からキリスト教を独立させた最初の人であったと言えます。ギリシャ語を話すということと

あわせて、キリスト教をユダヤ教から独立させ、世界宗教に成長させるに必要な国際的感覚を

持っていたのがステファノだったのです。

  さて、こうして議会に連れてこられたステファノの顔は天使のように輝いていました。救わ

れた確信に満ちあふれていたのでしょう。大祭司の質問に大演説でもって答えます。この演説

というか説教には著しい特徴があります。それは膨大な旧約聖書の歴史を一回の説教の中に要

約したものであり、イエスの救いの出来事から見て解釈したものだということです。ステファ

ノの演説の中でイエス様はイスラエルの歴史を通して約束されたメシヤ、キリストであり、神

殿礼拝と律法の廃棄者であるとされます。それまでの使徒たちがまだユダヤ教から離れること

ができないでいたのに対して、ユダヤ教そのものの本質に攻撃を加え、急所を突いたものでし

た。まさにパウロの先駆者の役割をはたしたもので、ユダヤ教徒の憎悪を買い殉教させられた

のも判ります。この時まだ、ステファノを迫害する急先鋒に立っていたサウロ、後のパウロに

大きな影響というか衝撃を与えたのも納得できます。

  で、使徒言行録第７章２節から53節までが、ステファノの旧約聖書、イスラエル救済史の要

約ですが、この部分は、あらためてゆっくり読んでいただきたいと思います。私たちはなかな

か旧約聖書を通読するなどということはできませんから、せめてこのような要約は読んでおき

たいものです。アブラハムやヤコブの話、ヨセフ物語、モーセの出エジプト、十戒と律法、ヨ

シュア大将、ダビデやソロモン王、預言者たちというふうに、昔、日曜学校で聞いた話がどう

いう位置を占めるのかも判ります。ちょっと余談になりますが、旧約聖書の各事件に血を通わ

せることで、それを通読する興味を持たせるのに役立つものとして、ウォルター・ワンゲリン

著「小説『聖書』旧約篇」があります。「新約篇」「使徒行伝篇」とも併せてご覧になるとよ

いと思います。
 
  さて、ステファノは旧約聖書の要約を閉じるに当たって、付け加えました。7:48-53です。

「けれども、いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません。これは、預言

者も言っているとおりです。『主は言われる。【天はわたしの王座、／地はわたしの足台。お

前たちは、わたしに／どんな家を建ててくれると言うのか。わたしの憩う場所はどこにあるの

か。これらはすべて、／わたしの手が造ったものではないか。】』かたくなで、心と耳に割礼

を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖が逆

らったように、あなたがたもそうしているのです。 いったい、 あなたがたの先祖が迫害しな

かった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々

を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。天使たちを通

して律法を受けた者なのに、それを守りませんでした。』」

  この前半は神殿礼拝への批判です。使徒言行録 2:46-47に「そして、毎日ひたすら心を一つ

にして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を

賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間

に加え一つにされたのである。」とあるように、ステファノまでの使徒たちの教会は復活の主

を証ししてはいたのですが、神殿礼拝から抜け出すことができないでいました。実はエルサレ

ムの人々の多くが神殿礼拝に固執するには、使徒たちは別として、宗教上の信念とはまた違っ

た理由がありました。神殿でのさまざまな儀式のためにユダヤやそれ以外の各地からのぼって

くる多くの人々が落とす金、それがエルサレムの人々のふところを潤していたのです。神殿礼

拝を批判するステファノは、ちょうど、神殿から商人たちを追い出したイエス様と同じ反感を

買ったのでした。

  後半は、預言者やイエス様を殺してしまったことと、真の意味での律法を守らず、偽りの律

法主義に陥っていることへの批判です。こうしてステファノは、エルサレムに住むヘブライ語

を話すユダヤ人と、彼と同じギリシャ語を話すユダヤ人の一部をも激昂させることを言ってし

まったのです。人々は心の底から激しく怒り、歯ぎしりをしたとあります。これに対してステ

ファノが一言付け加えた言葉が決定打、彼の殉教への引き金となりました。「『天が開いて、

人の子が神の右に立っておられるのが見える』と言った。人々は大声で叫びながら耳を手でふ

さぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた。（7:

56-58a）」これは、イエス様が神の権能を司っている、端的に言ってイエス様は神様だという

ことです。あの、マルコ福音書14:62 のイエス様の言葉「そうです。あなたたちは、人の子が

全能の神の右に座り、／天の雲に囲まれて来るのを見る。」がイエス処刑の、他に証人を必要

としない決定的な「冒涜の言葉」と解されたのと同様、ステファノのこの言葉もユダヤ教徒か

ら見れば神を冒涜するものであり、死刑に当たるものでした。そこでステファノは正式の手続

きもなく石打ちのリンチで殺されたのです。彼は毅然とした態度で、人々のためとりなしの祈

りまで捧げて死についたのです。「人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけ

て、『主イエスよ、わたしの霊をお受けください』と言った。それから、ひざまずいて、『主

よ、この罪を彼らに負わせないでください』と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠り

についた。（7:59-60）」
 
  彼の死は無駄ではありませんでした。まさに「一粒の麦、地に落ちて死なずば」です。彼の

死は、そこに立ち会っていたサウロ、後のパウロの心に葛藤を引き起こしました。また彼の殉教がきっか

けとなって起こった大迫害の結果、エルサレむを離れて世界各地に散らばった信者たちによっ

て、福音が全世界に伝えられることになりました。今、私たちがこの恵みに与ることのできる

のもステファノの殉教があったからなのです。

  ところで、いつも、私たちはこうした殉教の物語を聴くと、自分は死んでまで信仰を守りぬ

くことができるだろうかと心配になります。長崎へ旅行して、あの二十六聖人の殉教の記念碑

を見た時も、同じことを思いました。私にはとうていできないことです。しかしその時にはで

きる自分にしてくださいと、祈ることはできます。また、できるようにしてくださるであろう

神様の力を信じたいと思います。

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