「使徒言行録から････パウロの回心」                             ２００５年４月１０日
                                                                
                                                      ガラテヤの信徒への手紙 1:11-17

  今日は第二聖日ですから、使徒言行録から御言葉を聞く日です。にもかかわらず、先ほどは

別な聖書のカ所を読んでいただきました。本当は使徒言行録第九章１節から22節のあたりを読

んでいただくべきだったのです。このカ所は新約聖書の中でも最も劇的な記事が書かれている

ところです。パウロ、ここではまだサウロと名乗っていますが、キリスト教のと言うよりは人

間の歴史を通して最大の人物の一人の、その個人の、そのまた生涯における最大の劇的な場面

であるばかりでなく、世界の宗教の歴史の中でももっとも重要な、過激な、革命的とも言える

転換点となった出来事が描かれている、それがこの使徒言行録第九章の１節から22節です。そ

ういうわけで、このカ所は、ただもう読むだけでも素晴らしいところです。それを司会の方に

読んでいただくと、私がどんなお話をしてもだめです。見劣り、いや、聞き劣りがしてしまう

でしょう。ですから私は、今日はこの聖書の記事をあらかじめ読んでいただくのではなく、説

教の中で新たな気持ちで、皆さんと一緒に読みたいと思い、司会者には、いわばその要約のよ

うなところを読んでいただいたというわけなのです。

  さて使徒言行録の第九章に入る前に、七章の最後のところから八章の冒頭の部分をちょっと

見ます。７章54節からは、前に学んだステファノの殉教のところですが、その57節から読みま

す。「人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の

外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足

もとに置いた。」このサウロこそ後のパウロ、啓示者イエスは別として、キリスト教の歴史、

また人類の歴史上最大の人物である聖パウロなのです。そのパウロが初めて聖書に登場する場

面です。59、60節「人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、『主イエス

よ、わたしの霊をお受けください』と言った。それから、ひざまずいて、『主よ、この罪を彼

らに負わせないでください』と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。」

  ８章に入って、１節から３節「サウロは、ステファノの殺害に賛成していた。その日、エル

サレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散っ

て行った。しかし、信仰深い人々がステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ。一方、

サウロは家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた。」

  ここで、まだサウロと名乗っていますが、パウロの身元を紹介しておきましょう。彼はロー

マ領小アジアのシリア県、キリキヤ地方のギリシャ都市タルソスでローマの市民として生まれ

たのですが、ユダヤ人であった両親は彼をギリシャかぶれした者でなく、生粋のユダヤ人とし

て育てました。そしてエルサレムへ送られてパリサイ派の学者ガマリエルのもとで律法を学び

ました。パウロ自身の自己紹介を見ましょう。「パウロは言った。『わたしは確かにユダヤ人

です。キリキア州のれっきとした町、タルソスの市民です。どうか、この人たちに話をさせて

ください。』（使徒言行録 21:39）」「わたしは生まれて八日目に割礼を受け、（割礼という

のはユダヤ人である印として、男子が体の一部に切り傷をつける儀式のことで、実際は世界の

多くの民族にある習慣です。で、パウロは続けます。）イスラエルの民に属し、ベニヤミン族

の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの

点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした。（フィリピの信徒

への手紙 3:5-6）」

  これを見ても判るようにパウロはガリガリの律法主義者だったのですが、恐らくまじめな彼

の内部には、律法では救われない自分との闘い、葛藤があったに違いありません。そんな彼が

たまたま、ステファノの論争の場にい合わせ、雄々しい殉教の様子を目にしたのです。彼の心

の中での葛藤はいよいよ激しくなったと思われますが、それだけに、律法主義を疑おうとする

自分を無理にでも切り捨てて、ユダヤ教を根底から崩しかねないステファノの仲間たちを迫害

する側に身を置こうとしたのだと考えられます。こうして、パウロは迫害者としての自分にま

すます拍車をかけようとします。それが九章の頭の記事なのです。

  九章１節から、「さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭

司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ

出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。」ダマスコはシリヤ

の首都で多くのユダヤ人が住んでおり、ステファノの殉教の結果始まった大迫害を逃れて、イ

エスを信じるものがかなり逃げ込んでいたものと思われます。そして彼は大祭司からの「諸会

堂あての手紙」を持っていた、ということは、いわば公的な警察権を与えられていたわけです。

「ところが」と、3 節のところで言行録の著者は言います。この「ところが」の含む意味は大

きく、またさらに「旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、」とあります。この「突然」も

文字通り晴天の霹靂でしょう、「天からの光が彼の周りを照らした」というのですから。言行

録 26:13では、パウロは自分の言葉で「その途中、真昼のことです。」「私は天からの光を見

たのです。それは太陽より明るく輝いて、私とまた同行していた者との周りを照らしました。」

と言っています。「サウロは地に倒れ」ました。ドラマはいよいよクライマックスにさしかか

ります。講談なら、ここで声を張り上げ、鉄扇で講釈台をバンバンと叩くところですが、その

音というか声はパウロの頭上から落ちて来ました。「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害す

るのか」「主よ、あなたはどなたですか」「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。

起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」この時、「同行してい

た人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた」とありま

す。物語は続きます。「サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。

人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みも

しなかった。」

  「ところで」と、段落の変わった10節の始めです。回り舞台が回って、場面が変わります。

「ダマスコにアナニアという弟子がい」ました。「幻の中で主が、『アナニア』と呼びかける

と、アナニアは、『主よ、ここにおります』と言った。 すると、主は言われた。 『立って、

《直線通り》と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を

訪ねよ。今、彼は祈っている。アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり

目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。』」

「《直線通り》と呼ばれる通り」は今日まで残っていて、今はダルブ・アル・ムスタキ街と呼

ばれているとのことです。「アナニアは答え」ました。「『主よ、わたしは、その人がエルサ

レムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。こ

こでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。』」

このアナニヤの言葉から、彼は迫害を逃れてエルサレムからやって来た人ではなく、もともと

ダマスコに住んでいたキリスト信者だということが判ります。それにしても、迫害の首謀者で

あり、公的な検察官の資格のある人物を助けるようにとの御命令です。彼がとまどうのも当然

です。「すると、主は」次のように「言われ」ます。「行け。あの者は、異邦人や王たち、ま

たイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のた

めにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」「そこで、アナニアは出

かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言」いました。「『兄弟サウル、あな

たがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、

また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。』」「すると、たちま

ち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。」と書かれてい

ます。この「目からうろこのようなものが落ちる」というのは「何かがきっかけとなって、急

に物事の事態がよく見え、理解できるようになるというような場合のたとえとして用いられる

（小学館「国語大辞典」）」言葉で、かなり広く使われているので、多くの言葉がそうである

ように中国に故事来歴があるのかと思っていましたら、この聖書のサウロの場合が最初だとの

ことで驚きました。

  では、サウロ、後のパウロは、何がきっかけとなったか、言うまでもなく、ダマスコ途上の

主の顕現です。そして、何がどう理解できるようになったのか、それこそがキリスト教の歴史

上最大のポイントです。律法主義ではどうにもならなくなっていた、それだからなおやっきに

なって律法主義にしがみつき、それに反するもの「主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込ん

で」いたのがひっくり返った、回心の結果、判った、律法主義では人間は救われないというこ

とが、そしてイエス様の十字架による罪の赦しの福音が分かった、それを保証するキリストの

復活の事実が信じられたのです。と同時に本当に眼が見えるようになったのです。このことは

もちろん絶大な主の奇跡の力ですが、また、心の変化が肉体の変化になって現れるという、現

代のサイコソーマティック、心身症病理学の考え方にも適っていることです。さて、サウロは

「そこで、身を起こして洗礼を受け、食事をして元気を取り戻した」と言われています。そし

て、「サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、すぐあちこちの会堂で、『この

人こそ神の子である』と、イエスのことを宣べ伝えた。これを聞いた人々は皆、非常に驚いて

言った。」当然です。「『あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男

ではないか。また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行する

ためではなかったか。』しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論

証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。」と、これがサウロ、後の大聖人パ

ウロの回心の物語というわけです。

  この時の大変な体験をパウロは後に回顧して言っています。それが司会者が読んでくださっ

た、ガラテヤの信徒への手紙第１章11節から17節まです。もう一度読んでみましょう。「兄弟

たち、あなたがたにはっきり言います。わたしが告げ知らせた福音は、人によるものではあり

ません。わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの

啓示によって知らされたのです。あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのように

ふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしてい

ました。また、先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、同胞の間では同じ年ごろの多くの者

よりもユダヤ教に徹しようとしていました。しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分

け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福

音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき、わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせ

ず、また、エルサレムに上って、わたしより先に使徒として召された人たちのもとに行くこと

もせず、アラビアに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。」

  この中で注意したいことは、この出来事は、あらかじめ神様によって計画されていたもので

あり、神様の恵みであったという点です。パウロはさらに、この点をコリントの信徒への手紙

一、15章の８節から10節前半で簡潔に、そして、イエス様の復活の事実と関連づけてまとめて

います。それを読んで今日の説教の締めくくりとします。「そして最後に、月足らずで生まれ

たようなわたしにも現れました。わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中で

もいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。神の恵みによって今日のわ

たしがあるのです。」

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