説教「モーセの十戒から････あなたの父母を敬え」

「モーセの十戒から････あなたの父母を敬え」２００６年２月４日「子供たち、主に結ばれている者として両親に従いなさい。それは正しいことです。『父と母を敬いなさい。』これは約束を伴う最初の掟です。『そうすれば、あなたは幸福になり、地上で長く生きることができる』という約束です。父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい。（エフェソの信徒への手紙6:1-4）」今日はモーセの十戒の第五戒です。元になる旧約聖書の出エジプト記を読んでみましょう。 P126の出エジプト記20章12節です。「あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる」というのです。司会者が読んでくださったエフェソの信徒への手紙6章2節で「約束を伴う最初の掟」と言っているのはこの出エジプト記の「そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる」という言葉を指しているのです。「父母を敬え」ということは昔から他でも言われてきたことです。今は流行らない戦前の教育勅語でも「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ」と教えられましたし、儒教では特に「身体髪膚これを父母に受く、敢えて毀傷せざるはこれ孝の始めなり」と、故意に自分の体を毀して父母に心配させるようなことをしないことから孝行は始まるのだと、これは父母を敬う以前のことのようです。韓国はその儒教の精神が色濃く残っていますから、若い人たちの父母を含めて老人を敬う習慣は日本とは比べ物にならない程です。その一つの例ですが、日本語では年長者に対する敬語は相対的なものです。つまり、自分の父母のことでも、第三者に話すときは常に「父はこう申しました」と言うように、話し相手に対してへりくだった位地に置きますが、韓国では絶対敬語で話します。つまり、父母が相手より年上の場合は、自分の父親でも「お父様はこうおっしゃいました」と言います。これは「父母を敬う」という儒教の教えが日常生活の中にまでしっかり浸透している現れです。このようなことを、封建的な道徳だと否定する人も最近では多いでしょう。特に若い人たちの間では、友人は大事にしても、父母などというものには反発して当たり前、利用するだけした後はできれば存在さえも否定したくなる、そういうものになりさがっています。しかし最近ちょっと事情が異なってきたようでもあります。少し前のことですが朝日新聞で「老いの花に群がる若者」という記事(2001/2/12) を読みました。若い人たちが老人の経験を大事に思うようになり、尊敬するようになってきたというのです。まだ、一部のことかもしれませんが悪いことではありません。モーセの十戒の第五戒は、さらに、自己の存在の根拠、特に神信仰の土台となってくれた祖先、そして父母との関係を言うのです。出エジプト記3:6 に「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」とあります。ですから「父母を敬う」ということはその父母を下さった「神を敬う」ということにつながるのです。今日のモーセの十戒の言葉は置いておいて、キリスト教のことを考えてみますと、若いものが教会に行くようになると、家を捨て父母を顧みなくなるとの非難があったように思います。これは一面事実だと言える点がなきにしもあらずです。大体これまでの日本では、キリスト教になることは家の宗教に反するというのが普通でした。家の宗教はほとんど皆佛教ですから、教会へ行って洗礼を受けるなどというと、これはお家の一大事、お家断絶というほどの大騒動になります。姫路工業大学教授で私のやっていた入浜権運動の理解者・研究者でもある岡田真美子さんは、若いとき洗礼を受けようとして、日蓮宗の信者であるお母様に泣いて留められたので、泣く泣くあきらめたと話されました。その時隠れて聖書を読むため、ドイツ語聖書なら見られても分からないだろうというので、ドイツ語を勉強したというのです。それが嵩じて、親の許す仏教学を東大とドイツのボン大学で研究して博士号をとったというのです。今は大学教授でありながら、お寺の奥様で、かつ尼さんの資格もお持ちという異色の存在ですが、その若かった時、親の反対に逆らって信仰を貫こうとすれば、極端な場合、家出でもしなければすまなかったでしょう。これは大変な親不孝になります。これはモーセの十戒の第五戒に反することですが、逆に、家出でもしようかという人に勇気を与えるのはマタイによる福音書10:34- 39と、マタイによる福音書12:46-50です。「『わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに。こうして、自分の家族の者が敵となる。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。』「イエスがなお群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちが話したいことがあって外に立っていた。そこで、ある人がイエスに、『御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます』と言った。しかし、イエスはその人にお答えになった。『わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。』そして、弟子たちの方を指して言われた。『見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。』」以上のどちらもが鷹派で家族にも冷淡なイエスのように思えますが、母親思いのイエス様が顔を覗かせているところもあります。ヨハネによる福音書19:25-27です。「イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て母に『婦人よ、御覧なさい。あなたの子です』と言われた。それから弟子に言われた。『見なさい。あなたの母です。』そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った」一見矛盾しているかに思える聖書の記述をどう考えればよいのか、聖書には矛盾していると思われるヵ所は少なくないのですが、今日は「父母を敬う」という点に関してだけ取り上げます。ここで問題になるのは「神に従うこと」と「父母につく、家庭を大事にすること」の優劣です。「信じるもの同士の間柄」と「家族の間柄」の軽重です。ルカによる福音書16:9に「そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。」とあります。これはいつも言うように不正の金を使うことを奨励しているのではなく、なにしろ友人はあなたが死んだ時、永遠の住まいに迎え入れてくれる人なのだから、それほどまでに友人というものは大切だと言っているのですが、イエス様は家族よりも友人のほうが大切だと言うのでしょうか。悩む必要はありません。理想を言えば、同信の友でもあるような家族関係を築けばいいのです。｢神に従うこと」が「父母につく、家庭を大事にすること」になり、｢信じるもの同士の間柄」と「家族の間柄」とが重なるような環境を築けばいいのです。クリスチャンホームの人々は、その意味で本当に恵まれています。なぜなら神に従うことが同時に父母を敬うことになる、洗礼を受けるというので泣いて止められるということはない、逆に泣いて喜ばれるのですから。仮にそんな理想的な環境がととのはなくても悲しむことはありません。マタイ12のイエスの言葉は、この世的な家族に恵まれなくても、信じる者同士の素晴らしい交わりがある、教会の交わりがあることを思い出させてくれます。また、もし友がなければ「わたしがあなたがたの友だ」とイエスが言われます。ヨハネによる福音書 15:15です。「もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである」と言われています。それでも神か父母かを選ばなければならない時には、つらくても、神につくことを選ばなければなりません。家出を勧めるわけではありませんが、信仰の戦いが必要になります。それが「永遠の生命」という大きな尺度で見た時、きっといつか、それが父母のためにもなるのだと、父母を本当に愛したがゆえと、思える日がきっと来るのだと、祈りの内に当分は悲しみに耐えなければならないこともあると思います。「大義親(ｼﾝ)を滅す」と申します。これはしかし本当に親を滅してしまうのではありません。巡り巡って結局は親(ｼﾝ)をも生かす道になるのです。親鸞聖人はこう言っています。『歎異鈔』第五条です。「親鸞は、父母の孝養のためとて、一遍にても念仏まふしたること、いまださふらはず。そのゆへは、一切の有情はみなもて、世々生々の父母兄弟なり。いづれもいづれもこの順次生に仏になりてたすけさふらうべきなり。」これを梅原真隆の現代語訳を短かくして紹介すると「この親鸞は亡くなられた父母の追善のためとおもうて念仏申したことは一遍もない。生きとし生けるものは、生まれかわり死にかわりしているうちに、いつかの世で、みな父母ともなり兄弟ともなったものである。だから、この次の生涯で仏になったうえで、だれもかれもたすけねばならないのである」となります。親鸞さんは決して父母を軽んじたのでなく、一切の生きとし生きるものが父母兄弟と同じつながりがあるのだから直接この世でつながる父母と一切衆生と区別すべきではないと言うのです。それらの人々を救うことが自分の先ず第一の責任だと言うわけです。たまたま昨夜、④チャンネルの「世界・不思議発見」で見たのですが、最初に触れた孔子様の儒教の教えと違って、同時代の思想家墨子は「父母のみを愛することは別愛（偏愛）である」と言って戒めたということです。専守防衛を説き他国を侵略することにも反対したといいますから、ずいぶん進んだ思想家で、孔子の儒教が封建制度の基礎になったのに対して、もし墨子の思想が受け入れられていたら、人類はもっと理想的な社会を早く築いていたかもしれません。親鸞さんも似た考えだったのです。しかし親鸞上人は孝行ということを軽んじたのでなく、重んじたからこそ、それと一切衆生の救済とを比較できたのです。イエス様の「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」という問いも同じ精神を表したものではないでしょうか。信じる者が父母兄弟だということは、父母兄弟と同じくらい大事なものだ、つまり父母兄弟は大事なものだとの前提があって言えることで、父母兄弟を軽んじたのではないのです。そうした大きな見地から、このモーセの十戒の第五戒も解釈したいし、できる限りは両親を敬い親孝行したいものです。モーセの十戒の第五戒は、そういうフレキシブルな、つまり融通の効く受け取り方をして、併せて、信仰を同じくする教会の仲間を同じように大事にする考え方をしたいものです。

検索エンジン経由で来られたかたはこちらもクリックしてみてください。高崎裕士の「永遠の生命のホームページ」indexへ戻ります。