「聖書の人物････信徒の模範、アキラとプリスカ夫妻」             ２００８年５月２５日
                                  
「キリスト・イエスに結ばれてわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。
命がけでわたしの命を守ってくれたこの人たちに、わたしだけでなく、異邦人のすべての教会
が感謝しています。また、彼らの家に集まる教会の人々にもよろしく伝えてください。
（ローマの信徒への手紙16:3-5a）」

  ずっと続けて来た「聖書の人物シリーズ」はアダムとイヴから始まって今日はシリーズ終盤

の「アキラとプリスカ夫妻」になりました。丁度今日、加古川東教会の２００８年度前期総会

が開かれ、活動報告や決算報告、活動計画の承認の他に、議案の一つとして私がこの一年で教

会を辞任させていただくことの承認というのが予定されています。このような時、「アキラと

プリスカ夫妻」のことをお話するのは、時宜に適っているというか、まことに感慨深いものが

あります。と申しますのはパウロと「アキラ、プリスカ夫妻」との別れというのが非常に美し

いもので、私たちもこういうお別れの仕方をしたいと思うからです。もっとも、私たちの場合

は本当の離別というのではなく、単に牧師と信徒の関係が終わるというだけですが、まあ一種

の「別れ」を前にして、パウロとアキラ、プリスカ夫妻の別れについて考えてみたいと思うの

です。パウロとアキラ、プリスカ夫妻の別れというは、単に別れるだけでなく、別れてからの

両者の関係というか、つながりもまたうるわしいものでありました。以前、評判になったウォ

ルター・ワンゲリンの『小説聖書』という本がありましたが、その「使徒行伝」篇を読みます

と、特に「アキラ、プリスカ夫妻」とパウロのことが活き活きと描かれ、物語の主流になって

いて、彼らをより身近かなものに感じることができます。今日はその本の中からも引用しなが

ら、話しを進めてみたいと思います。

  「アキラとプリスカ夫妻」が最初に登場するのは使徒言行録の18章です。先ず、彼らの初対

面のところを開いてみましょう。P249の１〜４です。「その後、パウロはアテネを去ってコリ

ントへ行った。ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会っ

た。クラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタ

リアから来たのである。パウロはこの二人を訪ね、職業が同じであったので、彼らの家に住み

込んで、一緒に仕事をした。その職業はテント造りであった。パウロは安息日ごとに会堂で論

じ、ユダヤ人やギリシア人の説得に努めていた。」これはパウロの第二次伝道旅行の途中のこ

とです。地図付きの聖書をお持ちの方は地図８をご覧ください。ギリシャの北、マケドニアか

ら南へ下りてきたパウロはアテネに立ち寄り、ここでは死者の復活ということで大論争をしま

すが、幾人かの信仰に入った人以外にはなかなか信じてもらえず、そこを立ち去ってコリント

へまいります。そこで出会ったのが、小アジアのポントス生まれのユダヤ人アキラと、その妻

プリスキラ（プリスカ）でした。ウォルター・ワンゲリンの『小説聖書』によると、最初、妻

のプリスカが町でパウロとその弟子テモテに会います。パウロはユストという人の家に泊まっ

ていたのですが、市場の監督エラストに追い立てを食っていました。プリスカは苦境にあるパ

ウロを自分の家に引き取ろうと申し出たのでした。

  帰宅したプリスカは夫にそのことを話します。『小説聖書』に書かれているものを読んでみ

ましょう。プリスカの言葉です。｢イエスの名をたたえる、二人の男の人に会ったのです。(中

略）しかもアキラ、そのうちの一人は、生きている主イエスを見た使徒なのです。復活の後で。

ああ、わたしたちにとってこれ以上すばらしいことがあるかしら。そして、その人が縫うとこ

ろを見てほしい。話しているときも、指が飛ぶように動いて−−−−長い指がほんとうに正確

に皮を扱うのです。」使徒言行録に「職業が同じであったので、彼らの家に住み込んで、一緒

に仕事をした。その職業はテント造りであった」とある通りです。小説『使徒行伝』に戻りま

すと、「そしてアキラ、その話といったら。その人の口から出てくるあの言葉！あの声。それ

は耳ざわりな声だけれど、アキラ、その言っていることは心を静め、魂を慰めて---」

  この後のことをP250、言行録18:18 以下はこう書いています。「パウロは、なおしばらくの

間ここに滞在したが、やがて兄弟たちに別れを告げて船でシリア州へ旅立った。プリスキラと

アキラも同行した。（少し飛ばして19節）一行がエフェソに到着したとき、パウロは二人をそ

こに残して自分だけ会堂に入り、ユダヤ人と論じ合った。人々はもうしばらく滞在するように

願ったがパウロはそれを断り、『神の御心ならば、また戻って来ます』と言って別れを告げ、

エフェソから船出した。」

  この時、アキラとプリスカはパウロに同行せず、エフェソに残ったことが24節以下の記事で

分かります。「さて、アレクサンドリア生まれのユダヤ人で、聖書に詳しいアポロという雄弁

家が、エフェソに来た。彼は主の道を受け入れており、イエスのことについて熱心に語り、正

確に教えていたが、ヨハネの洗礼しか知らなかった。このアポロが会堂で大胆に教え始めた。

これを聞いたプリスキラとアキラは、彼を招いて、もっと正確に神の道を説明した。」アキラ

とプリスカはパウロに教えられていた正しい福音の真理を、聖書に詳しい雄弁家といわれる人

物にも恐れることなく語ったのです。今日で言えば信徒伝道者でしょうけれども、制度の確立

していない初代の教会においてはむしろ万人祭司が当たり前のことだったのかもしれません。

パウロがテントを造ったり、プリスカが伝道もしたのです。ＡＤ53〜54年頃エフェソ滞在中の

パウロが書いたコリントの信徒への手紙一16:19bに「アキラとプリスカが、その家に集まる教

会の人々と共に、主においてあなたがたにくれぐれもよろしくとのことです」とありますが、

彼等が家の教会の主催者であったことを示しています。また、他のどこかの場所からエフェソ

にいるテモテに宛てて書いているテモテへの手紙二4:19には「プリスカとアキラによろしく」

というようなことを言っていますので、この書簡がまとめ上げられたのは、ずっと後年だと言

われていますが、すくなくともその元になった原文をパウロがしたためた時には、プリスカた

ちはエフェソにいたことが知られます。

  アキラとプリスカの名前が最後に出てくる、と言っても聖書の配列とは違いますが、それが

今日のテキスト、ローマの信徒への手紙16:3です。これによると彼らはその後、エフェソを離

れて、もと居たローマに戻っていたようです。最初ローマを離れたのは、歴史に残る記録では、

52年のクラウディウス帝のユダヤ人追放政策によると思われ、クラウディウスの在位は41〜44

年なので、パウロがローマの信徒に当てて手紙を書いた55年にはローマに帰ることができてい

たのでしょう。それ以後の彼らの消息は知られていません。彼らがローマに帰った時の皇帝は

クラウディウスの後妻の連れ子で、母親と共謀してクラウディウスを毒殺し、その母親をも殺

してしまったと言われている、あの悪名高いネロですから、64年のローマ大火を口実にして始

まったキリスト教徒大迫害で、殉教の死を遂げたことも十分考えられることです。

  そのローマで彼らがパウロに再会したのかどうか、聖書には記されていませんが、最初に引

用したウォルター・ワンゲリンの『小説聖書』「使徒行伝」篇には、再会の場面が実に美しく

描かれています。同書の最終章「エピローグ・ローマ」のプリスカの述懐を飛ばし飛ばし読ん

でみます。「パウロが鎖につながれてローマへつれてこられるときき、わたしたちは彼に会う

ためにかけつけました。アキラとわたし、（そのほかの大勢の人々）もいました。（中略）彼

がいました。愛する友が、アッピウス広場に立っていました。傷つき、やせたパウロがふるえ、

ほほえみ、美しくかがやいていたので、彼をみたとたんわたしは泣きだしました。（中略）と

らわれの身ではありましたが、そこにわたしのかがやかしい使徒がいました。でも彼のように

崇高な自由をもちあわせた囚人はいません。あのほほえみ、それは彼の目のなかにありました。

（中略）わたしは彼のところへかけより、彼を抱きしめ、その肩の上で泣きました。彼も両腕

をあげてわたしにまわすと、鎖の音がしました。『ついに来たのですね』わたしはささやきま

した。『ついにローマまであなたは来た』『そしてあなたもだ、小さなプリスキラ・・』（プ

リスキラというのはいとしいプリスカとでもいうような、プリスカの愛称です。）彼はのどを

つまらせました。のどに嗚咽がこみあげてきて、腕はふるえ、鎖につながれたままわたしを長

いこと、しっかりと抱いている彼は、まるで海のようでした。『あなたもだ、小さな、プリス

キラ』『あなたも』『そうだ、それでもわたしはよろこぶのだ』最後にわたしたちが話したと

き、パウロはほほえみ、死について語りました。（中略）『やさしいプリスキラよ』みがいた

クルミのような目を輝かせて、パウロは静かに言いました。『それでもわたしは喜ぶのだ。』

（中略）パウロは話すことをやめませんでした。（中略）『愛する者たちよ、あなたがたはつ

ねに従順だった。（中略）だから、わたしがいるときだけでなく、わたしがいない今はなおさ

ら従順なこころで、おそれとおののきをもって、自分たちの救いをなしとげなさい。（中略、

そうすればあなたがたは）世界の光のようにかがやき、命の言葉をしっかりつかんでいる者に

なるだろう。そうすればわたしは、自分が走ったことも苦労したことも無駄ではなかったと、

キリストの日に（この世の終わりの日にということです）誇ることができるだろう。いつも主

においてよろこんでいなさい。（中略）そうすれば、あらゆる理解を超える神の平和が、あな

たがたの心と考えをキリスト・イエスによってまもるだろう。』」パウロがエフェソやフィリ

ピの教会の人々、特にアキラとプリスカに別れて立ち去る時の感慨、また書簡で彼らのことに

言及する時の感情、その懐かしい親しい思いは本当にすばらしいものです。

  アキラとプリスカは伝道者を迎え入れ、命がけでその命を守り、親切にもてなし、伝道を助

け、自分たち自身も自宅を開放するなどして熱心に伝道し、いつも二人の名前が揃って出てく

ることから分かるように夫婦仲がよく、お互い助け合っていたことが分かります。面白いこと

は、今日の説教題は「アキラとプリスカ」としましたが、二人の名前が聖書に出てくる６回の

うち４回が、今日のテキストもそうですが、「プリスカとアキラ」というふうに妻の名を先に

書いていることです。当時は今日と違って、男女同権など考えられなかった時代ですから、こ

のような名前の書き方が多くなされていることは、よほどの特別な事情があった、即ち、二人

のうち、特に妻のプリスカの働きが大きかったことを表しています。今日でも、多くの場合、

女性のほうが教会活動に熱心だという傾向があるようです。そういう意味では歴史的に男尊女

卑が続いて来て、今日でもその弊がまだ十分改まっていないという社会状況のなかで、むしろ

婦唱夫随、世間で言うそれでなく、女性のほうがイニシャティヴを握っている婦唱夫随が2000

年昔すでに行われていたということです。その点からもこの二人は聖書の人物のなかでも特に

愛すべき人々だったと思います。

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